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神戸地方裁判所 昭和57年(行ウ)26号 判決 1985年9月30日

原告 阪上肇

被告 西宮税務署長

代理人 井口博 杉山幸雄 岡田淑子 小西明 ほか二名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の主旨

1  原告の昭和五四年分所得税について、被告が昭和五六年五月一三日付けでした再更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件処分の経緯等

原告は、昭和五四年分の所得税の確定申告書の「特例適用条文欄」に「所得税法六四条二項」と記入のうえ、分離長期譲渡所得の金額を零円と記載して、法定申告期限までに申告したところ、被告は、昭和五六年一月一六日付けで、分離長期譲渡所得の金額四〇九万八一〇四円、納付すべき税額八〇万六八〇〇円とする更正処分、及び過少申告加算税の額を四万〇三〇〇円とする賦課決定処分をした。

原告は、右処分に不服であつたので、昭和五六年三月一日異議申立てをしたところ、被告は、昭和五六年四月三〇日付けで異議棄却の決定をした。原告は、なお不服であつたので、昭和五六年六月四日国税不服審判所長に対し審査請求をした。

ところが、被告は、昭和五六年五月一三日付けで、分離長期譲渡所得金額を四三四万八一〇四円、納付すべき税額を八五万六八〇〇円とする再更正処分及び過少申告加算税の額を四万二八〇〇円とする賦課決定処分(同二つの処分を合わせて本件処分という)をした。

そこで、国税不服審判所長は、右再更正処分等をもあわせて審査し、昭和五七年六月一一日審査請求を棄却する決定をし、右決定謄本は、昭和五七年七月二三日原告に送達された。

2  本件処分の違法性

(一) 保証債務の確定・履行の経緯

(1) 原告は、訴外株式会社阪上明和園(以下「明和園」という。)及び同社の代表取締役阪上新平のために多額の保証債務を負担していたところ、明和園及び阪上新平は多額の債務を残したまま明和園は昭和五三年一一月下旬ころ倒産し、同月二〇日阪上新平は行方不明となつた。そして、明和園及び阪上新平は無資力、無資産である。

(2) 原告は、明和園及び阪上新平に対する多額の債権者から、総額六二〇〇万円を越える保証債務の履行を求められた。そこでやむなく昭和五三年一一月二二日弁護士酒井圭次に保証債務の存否及び額の確定及び支払のため、訴訟を含む処理一切を委任した。

そのための弁護士費用として支払つた金員は、次のとおりである。

昭和五三年一一月二三日 弁護士費用  二〇万円

昭和五四年 一月三〇日 右同    一〇〇万円

昭和五五年 一月二九日 右同    一〇〇万円

自昭和五三年一一月二二日 訴訟費用

至昭和五四年一二月二五日      五六万〇八五〇円

合計    二七六万〇八五〇円

(3) 原告は、本件保証債務履行のため、次表のとおり借入をした。

借入年月日

借入先

借入金額(円)

昭和五三年一二月七日

中尾正充(妹婿)

五〇〇万

昭和五三年一二月七日

阪上きくの(叔母)

五〇〇万

昭和五三年一二月一二日

宝塚市農業協同組合

二〇五〇万

昭和五三年一二月一六日

太陽神戸銀行川西支店

一三〇〇万

(4) 原告は、弁護士酒井圭次に訴訟提起等を依頼し、確定したうえ履行した保証債務の額は、別紙「保証債務の明細書」の「保証債務の履行状況」欄記載のとおり総額二九一〇万六四〇五円である。同金額は、そのまま保証債務の履行に伴う求債権の行使不能額である。

(5) 原告は、前記(3)の借入金を返済するため別紙物件目録記載の土地を阪急土地株式会社に三六七三万五〇〇〇円で譲渡し、昭和五四年八月二三日に所有権移転登記をした。

(6) 原告は、前記(5)の譲渡代金をもつて前記(3)の借入金につき次表のとおり返済した。

昭和五四年四月一七日

宝塚市農業協同組合

七〇〇万

昭和五四年八月二二日

宝塚市農業協同組合

一三五〇万

昭和五四年八月二二日

阪上きくの(叔母)

五〇〇万

昭和五四年八月二二日

太陽神戸銀行川西支店

一〇〇〇万

(7) 原告は、前記(3)の宝塚市農業協同組合から二〇五〇万円の借入れに際し、次表記載の土地を担保として同組合に提供し、権利者を同組合とする登記受付け第六九七二六号根抵当権設定登記を経由したが、この登記費用として昭和五三年一二月一四日司法書士藤原豊吉に対し、二二万一八〇〇円を支払つた。

担保物件所在地

地目

地積(m2)

宝塚市山本丸橋二丁目一一一番

九八一

宝塚市山本丸橋二丁目一一二番

九八一

宝塚市口谷西三丁目二九番七

一六八九

(8) 原告は、前記(5)の土地の譲渡に先立ち、保証債務の弁済資金とするため、昭和五三年一一月二八日に次表記載の土地を、総額一五〇〇万円で阪上昭夫に売却する旨の契約を締結し、同月二九日に阪上昭夫を権利者とする登記受付け第六七一一三号条件付所有権移転仮登記をしたが、この登記費用として同年一二月一五日に司法書士高橋博に対し、一五万九八〇〇円(同年一一月二九日の仮払金一三万円を含む)を阪上昭夫名義で支払つた。

なお、この仮登記は前記の売買契約が解除されたことに伴い、昭和五四年三月一九日に抹消されるに至つた。

所在地

地目

地積(m2)

宝塚市山本丸橋二丁目一一一番

九八一

宝塚市山本丸橋二丁目一一二番

九八一

一九六二

(二) 保証債務の履行に伴う求償権の行使不能額

本件保証債務の履行に関連して、発生した前記(一)(2)の弁護士費用及び訴訟費用合計二七六万〇八五〇円は、所得税法六四条二項に定める保証債務の履行に伴う求償権の行使不能額に該当するにもかかわらず、この点を看過した本件再更正処分は違法である。

(1) 所得税法六四条二項の特例は、形式的には資産の譲渡による所得が実現していても、その所得は保証債務の履行に充てられ、資産の譲渡者は実資的にはその譲渡による所得を享受できない、したがつて、譲渡益も当然不存在であることから定められたものである。

ところで、保証債務を履行するにつき不動産を売却した場合、保証債務額の確定、不動産売却の手続等は保証債務の履行と不可分に結びついていることから、右手続等に要した費用は保証債務の履行に関する必要費用として、また、保証債務の一部として履行された金額に含まれると解すべきである。

(2) 本件において、原告は、従前の阪上新平及び明和園に対する信頼から実印、印鑑証明等を渡すなどしてその保証をし、保証債務の内容を詳しく知ることがなかつた。ところが、明和園が倒産し阪上新平が失踪したため、多数の債権者が保証人である原告に対し、厳しく支払いを求めてくるに至つた。右状況に対処するため、原告は、弁護士酒井圭次に右争訟の一切を委任した。当初、原告に対する支払請求金額は総額六二〇七万二七四九円にのぼつたが、同弁護士において処理した結果、究極的には合計二九一〇万六四〇五円と確定され、履行された。そして、右保証債務履行に伴う求償権の全部の行使は、事実上不可能であり放棄したのと異ならないから、所得税法六四条二項が適用されるべきである。

さらに、原告が弁護士酒井圭次に委任して支払つた五六万〇八五〇円(訴訟に伴う印紙代等の実費)及び二二〇万円(弁護士費用)の合計二七六万〇八五〇円は、債権額確定に必要不可欠の費用であるから、求償権を行使しえなくなつた保証債務の一部として履行された金額に含まれるものとして、所得税法六四条二項の規定を適用すべきである。

(三) 登記費用

前記(一)(7)(8)の登記費用三八万一六〇〇円は、所得税法三三条三項の資産の譲渡に要した費用に該当し、かつ同法六四条二項の求償権行使不能額にも該当する。

すなわち、原告に対する多数の債権者からの厳しい支払請求に対処するためには、別紙物件目録記載の土地を譲渡する以前に、金員の借入れをし保証債務の弁済資金を確保する必要性があつた。前記(一)(7)(8)の登記費用はいずれもそのための費用であり、所得税法三三条三項の譲渡費用として、その適用を認めるべきである。

また、右費用は、阪上新平、明和園に求償権を行使しうるものであるが、その求償権行使が不能な時は所得税法六四条二項に該当する。

3  よつて、以上の諸点を看過した本件処分は違法であるから、原告は、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。ただし、原告が審査請求したのは昭和五六年六月四日ではなく、同年五月三〇日である。

2  請求原因2について

(一) (一)(1)の事実は認める。(2)の事実のうち、原告が明和園及び阪上新平に対する債権者から保証債務の履行を求められたこと、弁護士酒井圭次に委任したこと(委任の内容については不知)、弁護士酒井圭次に対し弁護士費用として合計二二〇万円を支払つたことは認め、その余の事実は不知。(3)の事実のうち、原告が本件保証債務履行のため、借入れをしたとの点は不知、その余の事実は認める。(4)の事実のうち、別紙「保証債務の明細書」記載の太陽神戸銀行分七四四万二四二三円及び国民金融公庫分一〇〇万円が保証債務の履行であること、同「保証債務の明細書」記載の履行額欄の金額がいずれもそのまま保証債務の履行に伴う行使不能額であることは争い、その余の事実は認める。(5)ないし(7)の事実は、いずれも認める。(8)の事実のうち原告が阪上昭夫との間で売買契約を締結したことは否認し、その余の事実は認める。

(二) (二)冒頭及び(1)の主張は争う。(2)の事実のうち、原告が阪上新平及び明和園のため保証債務を負つたこと、明和園が倒産し阪上新平が失踪したこと、原告が債権者から保証債務の履行を求められたこと、弁護士酒井圭次に委任したこと(ただし、委任内容は不知)は認め、その余の主張は争う。

(三) (三)の主張は争う。

3  請求原因3の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件における分離長期譲渡所得の課税の経緯、及び本訴において被告が主張する金額は、別表のとおりである。

2  被告主張の金額の適法性

(一) 所得税法六四条二項(保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつた場合の所得計算の特例)を適用しうる金額は、次に述べるとおり零円である。

(1) 請求原因2(二)(2)の二九一〇万六四〇五円について

ア 所得税法六四条二項が適用されるためには、保証債務契約が存しその履行として金員の支払いをする必要があるところ、別紙「保証債務の明細書」の記載の太陽神戸銀行分七四〇万円及び国民金融公庫分一〇〇万円については、原告自身の債務の履行であつて、そもそも保証債務契約が存しないのであるから、太陽神戸銀行分の利息四万二四二三円も含めて同法の適用の余地はない。

すなわち、原告は、太陽神戸銀行及び国民金融公庫から債務者として借入れをしていること、原告自身も阪上新平及び明和園を相手とする神戸地方裁判所伊丹支部昭和五四年(ワ)第三〇一号求償金請求事件において、原告が右金融機関から借入れ、これを明和園に貸し渡したことを自認していること、さらに明和園も国民金融公庫から借り入れた金員につき、原告から借り入れたものと認識し、昭和五二年度事業年度分の確定申告書に添付した決算報告書において借入先を原告としている。

また、金融機関においても、融資をするにあたつては十分な返済能力があることが前提であつて、太陽神戸銀行が、担保も返済能力もなくなつた明和園、阪上新平に貸付けをするなどとは到底考えられないことであり、いずれにせよ、契約上の債務者である原告に対する貸付金とみるのが相当である。

したがつて、右金員の合計額八四〇万円及び別紙「保証債務の明細書」記載の太陽神戸銀行へ支払われた利息四万二四二三円は、保証債務の履行に伴う求償権の行使不能額には当たらない。

イ 仮に、右太陽神戸銀行からの借入金七四〇万円につき、原告はその信用を供与したのみで連帯保証人と同一の地位にあるとしても、以下のとおり、所得税法六四条二項の適用はない。

すなわち、同法六四条二項は、保証債務履行のため資産が譲渡され、求償権の行使が不能である場合に、その部分の金額は収入がなかつたものとして譲渡収入金額を計算することを認めるものであるが、保証人が、当初から主たる債務者に弁済能力がないことを知りながらあえて保証債務を負担した場合は、実質的に見ると、保証人が、主たる債務者に対し、譲渡代金相当の贈与または利益の供与をしたのと同様の結果となり、資産譲渡にかかる所得が実現したものとみられるから、右のような場合は、同法六四条二項にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつた」場合には当たらず、このような求償不能の金額については、同法六四条二項は適用されないというべきである。

本件において、原告は、明和園の監査役及び発起人であつたのであるから、明和園の経営状態を十分知悉していたとみるべきであること、明和園は昭和五三年五月ないし同年九月の間に一二件(一四回)もの債務保証を原告に依頼し、またその保証の態様も、白紙の連帯借用証書等に原告の署名押印を求めるなどというきわめて異例なものであり、原告は、同社の経営状況が逼迫していることを十分に知り得たはずであること、また原告は、太陽神戸銀行の川西支店において、同銀行から七四〇万円を借り入れる際に、同支店長から、明和園や阪上新平に貸さないほうがよい旨の忠告を受けていること等からすれば、原告において、昭和五三年一一月一六日太陽神戸銀行から七四〇万円を借り入れた際、明和園及び阪上新平が既に資力を喪失しており、原告が保証人として出捐すべき金員の求償権を行使することは客観的に不可能な状態にあることを十分知悉していた。

にもかかわらず、原告は、阪上新平からの強い要請によりあえて右七四〇万円の借入れをしたもので、右事情からすると所得税法六四条二項にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつた」場合には該当しない。

ウ 次に、本件においては、原告が主債務者に対して求償権を放棄した事実が未だ認められないから、別紙「保証債務の明細書」記載の履行額につき、所得税法六四条二項の特例を適用する余地はない。

所得税法六四条二項にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつた」かどうかの判定は、次によるべきである。

すなわち、求償の相手方たる主たる債務者等について

<1> 会社更生法の規定による更生計画の認可の決定があつたこと。

<2> 商法の規定による特別清算に係る協定の認可若しくは整理計画の決定又は和議法の規定による和議の決定があつたこと。

<3> 法令の規定による整理手続によらない関係者の協議決定で次に掲げるものにより切り捨てられる場合

<ア> 債権者集会の協議決定で合理的な基準により債務者の負債整理を定めているもの

<イ> 金融機関等のあつせんによる当事者間の協議により締結された契約で、その内容が<ア>に準ずるもの

<4> 債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し債務免除額を書面により通知したこと。(昭和四五・直審(所)三〇(六四―一に準用される五一―一一))

右通達の内容をより一般的にいうと、所得税法六四条二項にいう求償権行使不能とはその保証人が求償権の全部又は一部を自己の意思に反して事実上行使し得なくなつたという客観的事実の存在をいい、保証人が自らの意思若しくは判断で求償権を行使しない場合は、求償権の行使不能とはいえないというべきである。

本件において、主たる債務者である明和園及び阪上新平は、右<1>ないし<4>のいずれにも該当しない。むしろ、原告は、昭和五四年一二月二五日に至り明和園らを相手方として、前記求償金請求訴訟を提起したほか、今日に至るまで求償権行使の意思を明らかにしているのであるから、原告の求償権の行使が不能であるとはいえない。

(2) 弁護士費用二二〇万円及び訴訟費用五六万〇八五〇円について

ア 原告が主張する弁護士費用及び訴訟費用の中には、本件保証債務の履行に関係のない訴訟の費用が含まれており、明確な区分がされていない。

まず、原告が、訴外弘田満荷らを相手方として、提起した根抵当権設定仮登記抹消登記手続等請求訴訟(神戸地方裁判所伊丹支部昭和五四年(ワ)第二六七号事件)は、本件保証債務の履行とは関係がない。すなわち、右訴訟においては、明和園らに主たる債務が存在するものではなく、単に原告の財産保全のために根抵当権設定仮登記の抹消を求めたものにすぎず、その物件も阪急土地に売り渡したとする別紙物件目録記載の物件、及び宝塚市農業協同組合に対し担保として提供した請求原因(7)記載の物件とも異なるものであり、本件保証債務の履行とは何等関係がない。

次に、前記被告の主張2(一)(1)アに記載した明和園及び阪上新平に対する消費貸借契約に基づく金員の返還請求訴訟に要した弁護士費用及び訴訟費用も含まれている。消費貸借契約に基づく金員の返還請求であり、本件保証債務の履行に伴う求償権の額との間に、明確な区分がされていない。

イ 次に、そもそも所得をもつて保証債務を履行するということは、本来所得処分の問題であり、所得計算上、当然に考慮すべきものとはいえない上に、保証債務自体は、あくまでも保証人本人の債務であり、かつ、保証債務締結につき保証人には少なくとも何らかの事実上の利益が帰属しているものと考えられる。にもかかわらず、所得税法六四条二項の租税減免制度を設けたのは、保証債務を履行するために資産を譲渡したことによつて生じる所得は、保証債務を履行するためのいわば他律的に実現される所得であるところから、課税上、例外的に租税減免規定を定めたものと理解すべきであり、このように解することにより、保証債務の履行に充てられその求償権行使が不能となつた給与所得や退職所得などのように保証債務の履行とは無関係に生ずる所得が右制度の適用対象から除かれていることが説明できる。

このように、右租税減免制度が、原則規定である課税要件規定に対する例外規定であること、右制度の趣旨、すなわち、他律的な資産の譲渡による所得について特別に租税減免規定をおいたものであることからすると、所得税法六四条二項にいう求償権の範囲は限定的に解すべきである。そうすると、同条項にいう「その履行に伴う求償権」というのは、保証債務の履行、すなわち主たる債務及びこれに付随する利息等の弁済によつて直接的に生ずるその履行金額に限られるべきであり、履行との間で何らかの事実上の関連を有するにすぎないものは、これに含まれないものと解すべきである。

原告の主張する本件弁護士費用及び訴訟費用は、原告の本件保証債務の存否及びその債務額の確定並びにその支払等のために出捐されたものである。すなわち、右各費用は原告が、自己の意思に基づき弁護士に依頼し訴訟を提起して、原告自身の財産の保全のための費用として出捐したものであるから、保証債務の履行によつて直接的に生じたものとは到底いえないから、右各費用が、所得税法六四条二項に規定する求償権の範囲に含まれないことは明らである。

ウ 最後に、原告は、訴訟費用五六万八五〇円について民事訴訟費用等に関する法律にいう訴訟費用であると主張するが、右法律にいう訴訟費用とは同法二条に定める費用をいうのであり、原告が主張する金額は、単に原告が訴訟に際し支出した金員を指しているものであり、記録の複写代、飲食費、謄本や評価証明の交付料等が含まれており、これが民事訴訟費用等に関する法律にいう訴訟費用に当たらないことは明らかである。

(二) 原告が、出捐したと主張する登記費用三八万一六〇〇円のほか登記抹消に要した費用八万一〇〇〇円は、いずれも所得税法三三条三項に規定する資産の譲渡に要した費用に当たらず、かつ、前記登記費用三八万一六〇〇円は同法六四条二項にいう求償権の範囲にも含まれない。

(1) 所得税法三三条三項にいう「資産の譲渡に要した費用」とは、譲渡に関して出捐した費用のうち、譲渡のために支出する仲介手数料、登録に要する費用など譲渡を実現するための直接必要な支出を意味するものと解すべきであり、資産の譲渡益を生みだすことに関連して支出された一切の金員を指称するものではない。

ア 原告が別紙物件目録記載の土地を訴外阪急土地株式会社に譲渡するために要した費用は、皆無であつたのであるから、当該資産に係る譲渡所得の計算上控除すべき譲渡費用の額は、存しない。

イ 原告が藤原豊吉司法書士へ支払つた二二万一八〇〇円は、宝塚市農業協同組合から融資を受ける際に要した根抵当権設定登記に関する費用であるから、資産の譲渡のために直接要した費用ではなく、譲渡費用に当たらない。

ウ また、原告が阪上昭夫名義で支払つた条件付所有権移転仮登記の登記費用金一五万九八〇〇円についても、右イと同様、譲渡のために直接要した費用に当たらない。

エ さらに、右ウの条件付所有権移転仮登記の抹消登記に要した費用四万四八〇〇円、及び右イの根抵当権抹消登記に要した費用三万六二〇〇円についても、右各抹消登記手続は、阪上昭夫との売買契約の解除及び宝塚市農業協同組合に対する根抵当債務の消滅によつて生じた費用であるから、右イ・ウと同様、譲渡のために直接要した費用ではない。

(2) 原告は、右(1)イ・ウの第三者に対する根抵当権設定登記費用二二万一八〇〇円及び条件付所有権移転仮登記費用一五万九八〇〇円をも、前記求償権の範囲に含まれると主張するが、求償権の範囲について前述したところからして、右登記費用が求償権の範囲に含まれないことは、明らかである。

3  以上により、原告の分離長期譲渡所得の金額は、別表被告主張額欄記載のとおり、三三八九万八二五〇円となり、右金額の範囲内でした本件再更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分には、何ら違法がない。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1の事実のうち原告が審査請求をした日が昭和五六年六月四日であることを除くその余の事実、同2(一)(1)の事実、同2(一)(2)の事実のうち原告が明和園及び阪上新平の債権者から保証債務の履行を求められたこと、弁護士酒井圭次に委任したこと。同人に弁護士費用として合計二二〇万円を支払つたこと、同2(一)(3)の事実のうち原告が本件保証債務履行のため借入れをしたことを除くその余の事実、同2(一)(4)の事実のうち別紙「保証債務の明細書」記載の太陽神戸銀行分七四四万二四二三円及び国民金融公庫分一〇〇万円が保証債務の履行であること、及び同書記載の履行額欄記載の金額がいずれもそのまま保証債務履行にともなう行使不能額であることを除くその余の事実、同2(一)(5)ないし(7)の事実同2(一)(8)の事実のうち原告が阪上昭夫との間で原告主張の売買をしたことを除くその余の事実、並びに同2(二)(2)の事実のうち原告が阪上新平及び明和園のために保証債務を負つたこと、明和園が倒産し、阪上新平が失踪したこと、原告が債権者から保証債務の履行を求められたこと、及び弁護士酒井圭次に委任したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  所得税法六四条二項を適用しうる金額について

1  請求原因2(二)(2)の二九一〇万六四〇五円について

(一)  別紙「保証債務の明細書」記載の太陽神戸銀行分七四〇万円、及び国民金融公庫分一〇〇万円につき、原告が主たる債務者か保証人かについて検討する。

まず、太陽神戸銀行分七四〇万円であるが、<証拠略>を総合すると、原告は、昭和五三年一一月一六日太陽神戸銀行川西支店に対し、振出人原告、受取人同行支店、手形金額七四〇万円の手形を振出すことにより同行支店から七四〇万円を原告名義で借り入れ、即時に明和園代表取締役阪上新平に貸し付けたこと、債権者である同行支店は、原告が資産を有していることから原告を債務者として右貸付けをしたものであること、他方明和園ないし阪上新平の信用力は皆無であり、同行支店長自ら原告に対し明和園ないし阪上新平に金銭の貸与をしないよう示唆するほどであつたこと、原告自身も明和園に対する求償金請求訴訟(神戸地方裁判所伊丹支部昭和五四年(ワ)第三〇一号)において、原告が同行支店から七四〇万円を借り入れ明和園に貸し渡したことを自認し、同裁判所において原告主張のとおりの判決が下されたことの事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実に加え、そもそも金融機関が融資をするにあたつては、当該債務者の返済能力を調査確認したうえでするのが通常であることを考えると、右七四〇万円の債務者は原告であつたと認めるのが相当である。

次に、国民金融公庫分一〇〇万円であるが、<証拠略>を総合すると、明和園は既に国民金融公庫の貸付枠がなくなつていた(昭和五一年一二月二〇日借入分については明和園が債務者、原告は連帯保証人として借用し、昭和五四年三月二〇日に原告が残額一五〇万円を支払済)ので、昭和五二年二月一二日原告を債務者、阪上新平を連帯保証人として同金融公庫から三〇〇万円を借りる旨の借用証書が作成されたこと、同公庫からの送金先は幸福相互銀行山本支店の原告名義の預金口座とされているが、同口座を開設したのは明和園であること、毎月の返済は明和園がしていたこと、昭和五三年一一月に明和園が倒産したために同月三〇日付けで原告自ら債務者として同公庫に対し返済方法変更願いを提出していること、原告自身も明和園に対する前記求償金請求訴訟において、原告が同公庫から三〇〇万円を借り入れ明和園に貸し渡したことを自認していたこと、明和園の昭和五二年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度の確定申告書添付の決算報告書にも右金員が原告からの借入れであることを認めていることの事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると、右三〇〇万円を必要としたのはあくまでも明和園であるが、国民金融公庫との関係では原告を債務者として最後まで処理していること、国民金融公庫としても融資をするにつき当該債務者に返済能力があることを調査確認したうえで融資したものであり、当時同公庫の貸付枠をつかいきり信用力が必ずしもよくなかつた明和園ないし阪上新平に貸し付けることは考えられなかつたことなどを考慮すると、右三〇〇万円(既に二〇〇万円は返済済)の債務者は、前記同様、原告であつたと認めるのが相当である。

以上の事実からみれば、別紙「保証債務の明細書」記載の太陽神戸銀行分七四〇万円及び国民金融公庫分一〇〇万円については、原告が主たる債務者であつたものといわざるをえない。そうすると、右金員の合計額八四〇万円及び弁論の全趣旨から右七四〇万円の利息として太陽神戸銀行に支払われたと認められる四万二四二三円(以上合計八四四万二四二三円)については、保証債務の履行に伴う求償権が発生することはありえず、したがつて、これが求償権行使不能額には含まれない。

(二)  別紙「保証債務の明細書」記載のその余の金員(二〇六六万三九八二円)について、所得税法六四条二項を適用する余地がないかどうかを検討する。

所得税法六四条二項にいう「求償権を行使することができないこととなつたとき」とは、当該求償権の相手方である主たる債務者について、破産宣告、和議開始決定、失踪又は事業の閉鎖がされたか、このような事態にまでは至らないとしても、債務超過の状態が相当期間継続し、金融機関及び大口債権者の協力がえられないため事業再建の見込みがないこと、その他これに準ずるような事情により、求償権の行使自体ができないこと、又は、求償権を行使しても回収の見込みのないことが客観的に確実となつた場合をいうものと解するのが相当である。

前記当事者間に争いのない事実に加え、<証拠略>を総合すると、原告は小学校以来の親友である阪上新平が仕事上一人立ちして以来約一八年間保証債務を負担するなど仕事上の援助協力をしていたこと、保証等に際し原告の実印及び印鑑証明書を渡していたことから多額の保証債務を負わされていたこと、昭和五三年一一月下旬に明和園が倒産し、同月二〇日からは阪上新平及びその家族のものの行方が不明となつたこと、同月二二日付けで阪上新平の実弟憲平が兵庫県宝塚警察署に阪上新平らの捜索願を提出したこと、原告は、明和園及び阪上新平に対する多数の債権者から保証債務の履行を厳しく求められたため、右争訴の一切を弁護士酒井圭次に委任したこと、原告が本件保証債務履行のため請求原因2(一)(3)記載のとおりの借入れをしたこと、前記弁護士が原告の保証債務として確定し履行した額は、別紙「保証債務の明細書」の「保証債務の履行状況」の履行年月日・履行額欄記載のとおりであつたこと(前記太陽神戸銀行分及び国民金融公庫分の合計八四四万二四二三円は除く。)、原告は、前記請求原因2(一)(3)記載の借入金を返済するため別紙物件目録記載の土地を阪急土地株式会社に三六七三万五〇〇〇円で譲渡し、昭和五四年八月二三日所有権移転登記をしたこと、原告は、右土地の譲渡代金をもつて、請求原因2(一)(3)記載の借入金につき請求原因2(一)(6)記載のとおり返済したこと、原告は、昭和五四年一二月二五日付けで神戸地方裁判所伊丹支部に対し明和園及び阪上新平を被告とする求償金請求訴訟(同裁判所昭和五四年(ワ)第三〇一号)を提起したこと、被告らは、同事件において公示送達による呼出を受けたが、口頭弁論期日に出頭しなかつたため原告の請求がすべて認められたこと(昭和五五年一一月一三日判決言渡)、右訴えを提起した趣旨は、求償権の内容を明確にするためであつたこと、原告は、明和園及び阪上新平に対する求償権を放棄する意思は持つていないこと、阪上新平の行方は今日に至るまで明らでないことの事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、本件保証債務を履行するため別紙物件目録記載の土地を譲渡したものと認められる。

そこで、次に原告の明和園及び阪上新平に対する求償権が行使不能かどうかについて検討する。右認定事実によると、明和園は事実上既に倒産し、代表取締役である阪上新平は家族と共に行方をくらまし、みるべき資産もなかつたことから原告が多額の保証債務を履行する立場に立たされたものであり、また昭和五三年一一月一六日太陽神戸銀行川西支店の支店長が原告に対し明和園ないし阪上新平に対し金銭を貸与しないよう示唆するほど明和園ないし阪上新平の信用力が落ていたことは前記認定のとおりであるから、これらの事情を総合すると明和園の事業再開は到底望みえない。なるほど、原告は神戸地方裁判所伊丹支部に求償金請求訴訟を提起し今なお求償権を放棄していないが、明和園の右事情のほか、同判決言渡から四年余り経過しているにもかかわらず阪上新平の生死すら明らかでないことから考えると、原告の右求償権行使は事実上不可能といわざるをえない。したがつて、原告の明和園及び阪上新平に対する求償権(二〇六六万三九八二円)は、その行使ができないことが客観的に確実となつたものと認めるのが相当である。

2  弁護士費用二二〇万円及び訴訟費用五六万〇八五〇円について

所得税法六四条二項は、保証債務履行のため資産を譲渡したことによつて生じる所得は、保証債務を履行するために余儀なく資産を譲渡した結果えられる所得であること、その所得は保証債務の履行にあてられ、その履行に伴う求償権の行使ができなくなつたときは資産の譲渡者には実質的にその譲渡による所得は享受していないことを考慮して、課税上、例外的に租税減免をしたものである。右同条項の趣旨、規定の仕方のほか、同条項が例外規定で厳格に解釈すべきであることからすると、同条項にいう「その履行に伴う求償権」の金額は、主たる債務及びこれに附随する利息、違約金、損害金等保証人が肩代りして弁済する金額に限られるべきであつて、保証債務履行のために関連する費用すべてを含むものではないと解すべきである。

これを本件についてみるに、仮に、原告主張の弁護士費用二二〇万円及び訴訟費用五六万〇八五〇円が本件保証債務の存否、債務額の確定、支払等のために避けることのできない費用であつたとしても、右費用は、主たる債務及びこれに附随する利息等保証人が主たる債務者に肩代りして支払うべき費用、又はこれらと相当因果関係のある費用とは到底いえない。

したがつて、右費用につき所得税法六四条二項の適用があるとの原告の主張は失当である。

三  登記費用等について

1  原告は、請求原因2(一)(7)記載の土地に根抵当権設定登記をするに際し、登記費用として司法書士藤原豊吉に二二万一八〇〇円を支払い(この事実は当事者間に争いがない。)、また同2(一)(8)記載の土地に阪上昭夫を権利者とする条件付所有権移転仮登記をするに際しても、登記費用として司法書士高橋博に一五万九八〇〇円支払つたのであるから、右登記費用はいずれも所得税法三三条三項の資産の譲渡に要した費用に該当する旨主張する。

しかしながら、所得税法三三条三項にいう「資産の譲渡に要した費用」とは、譲渡のために直接かつ通常必要な費用を指すものと解すべきである。原告主張の各登記費用が右司法書士らに支払われていたとしても、右費用は、保証債務等を履行するための資金調達に関連して発生した費用ということはできても、別紙物件目録記載の土地を譲渡するにつき直接かつ通常必要な費用とは認められない。

したがつて、原告の右主張は失当である。

2  さらに、<証拠略>を総合すると、原告は、請求原因2(一)(7)記載の根抵当権設定登記を抹消するための登記費用として本村澄夫に三万六二〇〇円、請求原因2(一)(8)記載の条件付所有権移転仮登記を抹消するための登記費用として高橋博に対し四万四八〇〇円支払つたことが認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

これらの費用についても、別紙物件目録記載の土地を譲渡するにつき直接かつ通常必要な費用とはいえないこと明らかであるから、所得税法三三条三項にいう「資産の譲渡に要した費用」ということはできない。

3  次に、原告は、請求原因2(一)(7)(8)の根抵当権設定登記費用二二万一八〇〇円及び条件付所有権移転仮登記費用一五万九八〇〇円はいずれも所得税法六四条二項の求償権の範囲に含まれる旨主張するが、保証債務履行に伴う求償権を行使しうる金額の範囲について前述したところからすると、右各登記費用が求償権の範囲に含まれないことは明らである。

四  本件処分の適法性

原告の別紙物件目録記載の土地の分離長期譲渡所得の計算は、次のとおりである。

<1>  収入金額 三六七三万五〇〇〇円

原告が右土地を阪急土地株式会社に譲渡した売却代金である。

<2>  保証債務額 二〇六六万三九八二円

前記認定のとおり、原告が明和園及び阪上新平に対し求償権を行使することができない金額である。

<3>  取得費 一八三万六七五〇円

<証拠略>を総合すると、右土地は、原告が昭和三六年二月六日に相続により取得したものと認められる。したがつて、概算取得費五パーセントを右<1>の金額に適用して計算した金額である。

<4>  譲渡経費 零円

前記認定のとおり、登記費用が譲渡経費に含まれないことは明らかであり、他に土地を譲渡するにつき直接かつ通常要した費用の存在をうかがわせるに足りる証拠はなく、結局、同譲渡経費はなかつたものといわざるをえない。

<5>  特別控除額 一〇〇万円

以上から、別紙物件目録記載の土地に係る分離長期譲渡所得の金額の計算(<1>から<2>ないし<5>の合計額を差し引く。)をすると、一三二三万四二六八円となり、本件再更正処分の額四三四万八一〇四円を越えること明らかであるから、一三二三万四二六八円の範囲内でした本件再更正処分は適法である。

また、過少申告加算税の賦課決定処分も、その計算に誤りが認められず、同処分も適法である。

五  結論

よつて、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上博巳 小林一好 横山光雄)

物件目録 <略>

別紙 <略>

別表 <略>

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